会ってみるといい人だった、が世界を救うのでは?


こんなこと突然いうのも何ですが、

 

最近、韓国に不快感を抱くことがあります。

 

靖国神社のトイレを爆破されたり、産経新聞の社員を不当に勾留したり。

 

その他にも言いたいことは沢山わだかまってきています。

 

でも、じゃぁ、最近、韓国の人に会ったのか?

 

 

全然会っていないんですよね。

 

全部、メディアによる情報でしか接していません。

 

 

NYにいる頃も、その前も僕には韓国の友人が結構いました。

 

良い奴らでしたし、NYにいるときなどは、

 

「韓国人は外国人という感じがしない」

 

ものでした。

 

英語のレベルも大体同じでしたし、世界の人の中には

 

「日本と韓国が同じ国、同じ言語を使っている」

 

と思っている人もいたくらいです。

 

 

その時は、極東の小さな似通った国同志がいがみ合っているのがちょっと滑稽に見えたものです。

 

帰国してからも、韓国へのバッシングを見るたびに不愉快になりました。

 

「僕の友達をバカにされている」

 

気がするのです。

 

彼らの顔が思い浮かぶのです。

 

そうなると人種など関係ありません。

 

一体どこに、友達をバカにされて嬉しい人間がいるでしょうか?

 

 

小さなことかもしれませんが、案外国際関係なんて、こういうことの積み重ねなのではないでしょうか?

 

もちろん、嫌なやつだっていますし、こちらが相手を傷つけていることもあるでしょう。

 

それでも、

 

「会ってみると良い奴だった」

 

「あいつは友達だ」

 

これが地味に広がっていけば、日中韓の関係も変わってくるように思います。

 

 

彼らはネイティブスピーカーじゃないので、Toeic800点取っていれば

 

「余裕でほぼ100%コミュニケーションできます!」

 

800点はちゃんとやれば案外取れるものです。

 

教室の今の生徒さんも半年で400点前後から、前回は770まで伸ばしました。

 

 

コミュニケーションしないから、関係はどんどん悪化していくので、

(間近な人間かんけいでもそうだと思います)

 

ですから、英語で欧米圏だけではなく、アジアの方々とももっとコミュニケーションをとれたら

 

それを、もっと多くの方が出来たら、大げさかもしれませんが、世界平和に貢献できると思います。

 

 

Leon

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